2017年08月03日

後悔することについて、よく言われてるよね

やらずに後悔するより、やって後悔しろ!
見送り三振より、空振り三振せよ。
 
 
当てはまる事象はよくある。
告白だとか、告白だとか、告白だとかその他色々だ。
 
 
でも、結果が悪くなるのを分かっててやって後悔するパターンと、やらずに過ごして功を奏するパターンもある。
よくあるのが、たった一言だったりする


 
posted by Shio at 12:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

前の人と同じです

昔から授業などで順番に意見を求められる時「前の人と同じです」を平気で言う人が必ずいた。しかも結構多い。


「なんなんだろう?何も考えてないから逃げてるのかな?それとも自分が無いのかな?まぁ、面倒臭いだけの人も多いのだろうけど」と不思議で仕方なかった。

同じなんてありえねぇ〜だろ!
「考え方の違いこそあれ、概ね同じ意見になります」なら分かるんだけどね。

投稿でもコメントでもなんでも、自分意見というかオリジナルな捻りを加えないが苦手なので、お誕生日などのフィードなどが多いかな?同じ内容なら投稿しない。「いいね」的なボタンだけを押す。

僕の自己主張が激しいわけでは決して無い。
同じ言葉を、何度も何度も連なり続けるコメントを読まされる投稿者の虚無感?味気なさ?を思うと辛いなと感じる。もはや社交辞令にしか捉えられない。

自分が無いのは怖いな、というか、虚しいな。

と思う今日この頃。

追伸、この人のフィードにこのコメントは誤解を招く、不快すら感じるかもしれない。もしくは洒落が通じないと思うものは書きかけて削除します。
 
posted by Shio at 13:25 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月28日

明るい話

明るいという言葉があります。
「この部屋は明るいなぁ」
「あの子は明るくて良い子だ」
「真実は明らかだ」
などなど、使い方は目に見えるものから見えないものまで様々です。

けどこの漢字の、日(太陽)に月と書いて「明」ってどういうことだろう?
なんか変ですよね。太陽と月がそろってからこその「明」なのか?

ここからは自己解釈。

元来、太陽を明るいとは表現しません。
「眩しい」や「輝いている」「照らす」など
仮に外が明るいと表現したときは「空」や「大地」をさしています。

「今日の月は明るいなぁ」と逆に月は明るいと表現しますよね。

明るいという文字は、照らす何かがあってこその輝きなんだと思います。
明るいとは、元は暗い場所からの視点なんです。

影があるところにしか明るい光はさしません。
光だけの場所では、明るさを認識できません。

暗闇も光もその真ん中では何も見えないんです。

光があるからこその暗さであり、暗いと感じるからこその明るさなんです。
輝きに照らされてこその「明るさ」なんだと思います。

自信を失ったり、悲しい時、心が壊れそうなとき、心が真っ暗闇になりかけたら
そこを照らす何かを探してください。きっとあります。
何も感じたことが無く、輝いている人なんて100%いません。
その人自身も何かに照らされてこその明るさなんです。

だから何も見えず、そして見ずに、ただただ闇に閉じこもるのはやめてください。
 
posted by Shio at 15:35 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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