2015年05月20日

デザインの生業

初めてのお客様に対する案件は、かなり重要です。
その人の好み、考え方、周りを取り巻く環境、実際に利用するユーザー視点、などなど多くの要因が含まれます。

ですので、初めに金額より「上記の御社のニーズが弊社で合うのか?」という課題がでてきます。
特にデザイン業というものは、一つのデザインにかなり時間がかかる割に「好みによる趣向性」が大きく作用します。
(作品を見て気に入ったというのであれば話は早いのですが)

デザインはある程度の方法論は確率はしておりますが、万人に合う正解というもの全く存在しません。これは100%です。

ですので、そこで案件に対するラフというものを制作します。
それをたたき台に、何度も試行錯誤し方向性を検討していきます。
言うなれば、案を出して一発で通るということの方が難しいです。

最終的にはデザイン性が合ってないのでお断りされる場合もあります。
※ こちらからお断りは、よほどのことが無い限りほぼしません。

ですので、デザイナーに仕事を依頼する場合、ラフの段階でもある程度話しが進んでしまっている場合、必ず金額が発生するので、「う〜ん、何か違うかなぁ〜」と感じたなら、必ず本音をぶつけて下さい。
 
posted by Shio at 12:00 | Comment(0) | デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月26日

気ままに金縛り

昼過ぎに何となくだるいと思って軽く昼寝したら「金縛り」
よくある肉体的な方ですよ。(多分)

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筋肉に命令がいかない時って、妙に耳の神経だけがビンビンになるよね。
つけてるPCのファンの音とか、エアコンの音とかがワンワン耳鳴りのように押し寄せてくる。
少しづつ指先から命令を出して金縛りが解けかけたときに、まだだるいなぁ〜とか油断するとまた金縛るんだ。

少し挑戦してどれくらい金縛りにかかれるのかやってみようとしたけど、ヴュィーンヴュィーンバァーガァーバァーと耳鳴りがうるさすぎたため、イライラしたので一旦起きて電源を切る。

今日はまだまだ行けそうだと感じたので、静かになったところで再度レッツ金縛り。

じわじわっと?(感覚だから実際は1秒もないかもしれない)手足が硬直首や四肢は固まっていく・・・
「ふむ、なるほど、とても静かだ」と思っていたら体内の流れがドドン、ゴゴォー、ドドン、ゴゴォーと耳に響きだす。「おぉ、これはこれで、とてもウルサイ・・・」
しかし、揚句に胸の奥まで苦しくなってきたので「ヤバ!」と思って無理やり末端に神経を集中し命令を出しながら、金縛りからの脱出。

休むつもりがとても疲れた。
 
posted by Shio at 17:59 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月24日

つれづれなるままにノープランで価値観について書いてみたが、火傷しそうになった。

ここのコーヒーが美味い。
あそこのケーキが美味い。
この本は面白い。
このスポーツは楽しい。
人それぞれ趣味嗜好があり価値観も違う。

だからどれが正解で間違いなんてものはない。

例えばメディアとして「バラエティー」が好きな人もいれば「ドラマ」が好きな人もいる。
フィクションである創作されたものが好みの人がいれば、ドキュメンタリーしか見ない人もいる。
単なる価値観の差である。

この場合「ニュース」は好きというのは場違いである。
ニュースは楽しく見るものではないし、心が躍ったり感動するものではない。

今話題となる知識を欲っしたり、今周りで何が起こっているのか知っておきたい、
世間と自分の間にある溝が広がらないよう、また取り残されないための生活の必需品である。
もちろんそんなもの必要ないと言い切る人もいるが、人としてコミュニケーションをとる場合、やはり最低限は必要だし、嫌がおうにも飛び込んできている。

ニュースの解説番組はどうかといえば、これは趣向品であるのだと思う。
その事件がなぜ起きたのか? 世界は何故戦争が起こっているのか?
そんな欲求を満たすための趣向品だからである。

ワイドショーがその最たるものだと思う。
芸能人のゴシップやファッション情報から食べ物の情報。
こちらが求めていない情報すら丁寧に提供してくれる。
グルメリポーターが「もう、美味しいとしか言いようがないですね」と褒めちぎり、オーナーに細かな秘訣を聞いたりする。

しかし思う、そういうものはこちら側で感じたり探すものではないだろうか?
確かに忙しい日本人。いちいち美味しい場所を見つける余裕すらないのはわかる。
深夜のショッピングチャンネルがテレビを買うと、今あるテレビを2万円で引き取ってくれる親切さだ。

実際にその場所へ行って、長蛇の列に並び貴重な時間を費やして「これ話題になったやつだよね。言ってた通りあの味が○○で、隠し味が○○で、とても美味しいね」とグルメリポーターが食べていたものをありがたく嬉しげにいただいている姿を見ると、眉を寄せてしまう。

なぜ食べるだけに何時間も並ばなければいけないのだろうか? まぁそこは趣味だからいいか・・・
しかしそんな番組で紹介されたお店もたまったものではないのではないだろうか?
売り上げが上がるのは嬉しいことだが、供給が追い付かなくなる。
「紹介されたことで繁盛をしたお店」が、自分が築き上げたものだと錯覚したものはブームが過ぎると潰れてしまう。
そのお店は、元々本当に美味しかったのだろうか?
話題だけがお店を追い越してしまってたんじゃないだろうか?
お洒落なだけの頻繁に変わるお店と同じで、本質がなかったのではないだろうか?

そもそも色んな情報に囚われ過ぎているのではないだろうか?
もしくはメディアを信用し過ぎているのではないだろうか?
まぁ、話題になったものは味わってみたいし、見てみたいし、やってみたい。

しかし本当のところ、ブームが過ぎてしまうといかに自分が間違っていたのか痛烈に踊らされていたと思い知らされる。
所詮、元々の趣味じゃないものを流行だからと言って手をだし、挙句の果てに捨てるのである。
本当に好きな人はブームの前から応援したり、通ったりしているし、その後も信念による行動だから曲げることはない。

右向け右の日本人と言われた通り、今も執着のなさは日本人独特の傾向だと思う。
信じる者は救われると神は言いたもうた。
しかし、信じ過ぎるものは足元をすくわれるのだ。
 
posted by Shio at 20:47 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする